プチ・シニアの明るいひきこもり生活

お国のために「笑の大学」を見る

      2016/01/31

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 三谷幸喜の大ファンというわけではないけれど、テレビでやっていれば必ずみる。

 シットコム(シチュエーション・コメディ)の名手というのが私の捉え方だ。日本で一番かもしれない。かもしれない、というのは、あくまで私があまり日本の映画とかドラマに詳しくないからで、個人的な経験・知識の範囲ではナンバーワンだ。

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 「やっぱり猫が好き」が彼の作品(全部じゃないみたいだけど)だったと知ったのは随分後になってからだけど、あれなんか、シットコムの見本みたいな作品だった。

 さて、「笑の大学」を見た。3、4回めである。実はこの三谷幸喜映画が私のフェイバリットなのだ。

 彼の場合、ひとつのアイデアが浮かぶとそれを膨らませて、膨らませて2時間の映画になるまでに仕上げているんじゃないか、って思われる映画が多い。例えば、「ステキな金縛り」は、おそらく「幽霊が裁判の承認だったら面白いんじゃないか」ってところから、膨らませていったんだと思う。

 この「笑の大学」は、「検閲という抑圧が、逆に笑いを増幅させる」というアイデアがまずひらめいたのではないかと思う。笑いの部分を削ろうとする検閲官のおかげで(!)、笑いのレベルが上がっていく。この逆転の発想は素晴らしいと思う。

それと、

 脚本家が主人公であるゆえに、三谷幸喜本人の脚本を書くということの決意や本音がわりとはっきりと吐露されていると思う、直接的には検閲官の質問への答えとして、間接的には脚本の書きなおしという作業を通じて。

 「喜劇が低俗」という世間の認識に対する、彼なりの抗議。この現代にそんなことを思っている人はいないよ、って言う人もいるかもしれないが、「そんな低俗な喜劇より、もっとシリアスにヒューマンな人生ドラマを描けよ』って口には出さなくても、心のなかで思っている人は案外いっぱいると思う。三谷はこれに遠慮がちに彼の思うところを伝えている。

 「このご時世に不謹慎」という検閲官のセリフも、東日本大震災の直後の何でも自粛ムードを思い出すと、笑いが真っ先に「不謹慎」とされ自粛されるのは凄くリアルだ。やはり三谷は主人公の口を通して自分の思うところを表現している。

 さらに、検閲官(当局)のいいなりに脚本を変えることを、作家としての矜持がないと非難され、殴られるというシーンもある。主人公は「なんて言われてもいいんです」と答えるが、これは、今に置き換えれば「商業主義に陥った」というようなよくある批判への三谷の回答なのだと思う。

 と、まぁ、映画としては、彼の最高傑作なのかはわからないけど、個人的にはいろいろ面白く見られた。

 と書いていて、この作品て何年頃の作品なんだろうと、wiki で調べてみて驚いた。これって、監督は別の人なんだね。普段、ここに映画を見たメモを残すときも、なるべくネットで検索しないようにしてるんだけど、最低限のデータはチェックしておいたほうがいいのかな、と反省。

 ただ、これって、どう見ても三谷幸喜の映画だと思うな、それだけ脚本の個性がつよいってことかもしれないけど。

 追記:三谷幸喜大ファンの友人によると、「笑の大学」は演劇バージョンの方が圧倒的に面白いとの事だった。機会があれば、見てみたい。

 さらに追記:これを書いた後にウディ・アレンの作品を続けて見て、三谷幸喜はウディ・アレンのファンに違いないと確信した(アーティストとしての覚悟が問われるウッディ・アレンの「ブロードウェイと銃弾」
 あと、ピンク・レディ「ペッパー警部」を聞いて「ペッパー警部、邪魔をしないでよ、ペッパー警部も、私達これからいいところ」が引用されているのではないかと思った。


 

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