プチ・シニアの明るいひきこもり生活

犬の散歩をしながら自由について考えた

      2016/10/23

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愛犬を散歩に連れてゆく。日課だ。最長5メートルの伸縮するリードを使っている。車が通る場所や、人とすれ違う時には短くロックするけれど、そうじゃない時はなるべく愛犬が自由に行動できるようにロックをかけない。

すると、愛犬はだいたい5メートルが自分が自由に動ける範囲だとわかってくる。だから、たまにダッシュしてすごいスピードで走ることもあるけれど、だいたいリードが伸びきる前にはスピードを緩める。つまり、ここまでは自由にできる範囲と自分を規制しているわけである、たぶん。

そういえば、どこかで読んだか聞いたかしたサーカスの象の話を思い出した。

サーカスの大きな象は鎖をつけていなくても逃げないらしい。何故かと言うと、小さいころずっと鎖につけられて過ごしているうちに、逃げられないと脳に深く刻み込まれてしまう、あるいは、逃げるという概念がなくなってしまうから、らしい。

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似ているような、似ていないような・・・・

さっきも言ったけれど、愛犬のリードは伸縮性だ。から、リードがつながっている首元には常にリードのテンションがかかっている。それが、たまに何らかの拍子で、例えば間違って伸びきった時にロックをかけてしまったりした時、リードはそのテンションを失う。

すると、愛犬は動きを止め、こちらを振り返る。首にかかっていたリードのテンションを感じなくなったからだ。その状態では一歩も動かない。まるで、怖くて動けないかのようだ。

つまり、リードのテンションという「束縛」の中で彼女(メスです)は自由を楽しむのだけれど、テンションが無くなった瞬間、つまり、リードがなくなって(実際はあるけど)、全くフリーの状態になると戸惑うのだ。

ちょっとこれは都合の良い解釈に聞こえるかもしれない。ただ、実際に誰もいない広い場所で、文字通りリードを外すと、彼女は一直線に猛スピードで遠くまで行ってしまう。しかし、ある程度のところまで行くと、振り返ってこっちを確認する。飼い主がちゃんといるかどうか確認する。一度、木の影に隠れて様子を見たことがあるけれど、彼女は私の存在がないことに気づくとパニクって猛スピードで行ったり来たりして私を探した。

つまり、リードはなくても、彼女は見えないリードに繋がれているのだ。

言うまでもないけれど、これは犬に限った話をしているわけではない。もちろん、人間のことも書いている。

で、ここでスーザン・ソンタグの言葉を思い出す。正確には、高橋源一郎が引用していたスーザン・ソンタグの言葉だ。
正確には覚えていていないけれど、たぶんこんな感じだった。

「あらゆる規制の中でもっとも警戒しなければならないのは自己規制だ。」





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