プチ・シニアの明るいひきこもり生活

犬の糞は持ち帰ろう

      2015/08/25

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 数年前に犬の散歩を始めた頃、あまりに糞が放置されていることに驚いた。車が入ってこれない遊歩道なのだけれど、近くにある小学校の児童も「また、うんこだー!」って奇声を上げながら歩いて行くような状態だった。

 ところが、しばらくしたら、ぱったり無くなった。急に飼い主の倫理観が改善されってことはないだろうから、少し不思議だった。

 しばらくすると、また糞の放置が目立つようになって、以前の最悪の状態になった。

 そして、また殆ど無くなった。

 まるで潮の満ち引きみたいに、増えたり、減ったりする、正確には、なくなる時は一気になくなるので、ちょっと違うけれど。

 ずっとこの周期性の理由がわからなかったんだけど、この間ようやく分かった。

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 いつもと違う時間帯に散歩していたら、二人の男性と出くわした。1人は年配で、1人は若者。若者の方は、ゴミばさみとビニール袋を持って丹念に犬の糞を拾い上げていた。すれ違うときに、明るく挨拶してきたので、ちょっと聞いてみた。

「失礼だけど、どういう立場のかたですか?」
「市の環境課です。」
「あぁ、ご苦労さまです。」
「ご協力をよろしくお願いします。」

 ちょっと話はずれるけれど、その若者は明るい好青年で応対もしっかりしていた。しかし、もう一方の年配の方は、手を後ろに組んだまま、いかにも「こんなもの拾うのは部下の、若い奴の仕事」とばかりにただ前を歩いているだけだった。気持ちは分からないでもないが、あまり有能な上司じゃないだろうな、ってことは分かった。

 話を戻すと、糞の周期的増減の理由はこういうことだと思う。

 つまり、一旦市の人が掃除してきれいに糞がなくなってしまうと、「なんとなく」放置しづらくなって、持ち帰るようになる。でも、だんだん他の犬の糞があるのを見かけるようになると、「なんとなく」まぁ、いいか、的にそのまま放置する。

 だから、一旦きれいになるとしばらくはその状態が続き、一旦誰かが放置すると、ダムが決壊するように、道に大量の糞が放置されることになる。

 きわめて人間的だ。

 一般的な意味で自分が倫理的な人間だなんて全く思っていないけれど、自分で決めたルールは守るようにしている。このケースで言えば、「糞は持ち帰る」。だから、必ず持ち帰る。愛犬の名誉のために持ち帰る(ただ、私の倫理観にも(低い)限界はあるので、他の犬の糞も持ち帰ることまではできない、申し訳ないが)

 で、思うのだが、こういう糞を放置してしまう人たちって、昔学校で「善悪」とかよりも「先生に怒られるから」という判断で「倫理観」を見につけ、大人になったら今度は「世間に非難されるから」という判断で行動する癖が染み込んじゃってるんじゃないかな。

 こういう考え方は、「見つからなければいいや」っていう発想が必ずくっついてくる。
だから、彼らは「誰も見てないから、怒られなくてすむ」とか「他の人もやってるんだから、世間的には問題ないでしょ」とか、思いながら放置していくんじゃないかと思う。

 悲しいことだが、こういう人は沢山いる。まぁ、犬の糞の放置くらいことなら、まぁ、そう目くじらをたてなくてもいいののだけれど、こういう発想の人たちが「世論」を形成しちゃうのかと思うとちょっと嫌だなと思う。


 たかが犬の糞の話で、なんか話が大きくなってしまった。散歩しながら、そして、愛犬の糞を掴みあげながら、そんなことを考えてみた。



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