プチ・シニアの明るいひきこもり生活

奇跡

      2015/08/25

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a miracle

 奇跡について記してみたい。

 先日、とあるバーで飲んでいた時に、隣に座ったアメリカ人の男性と二言三言会話した。出身地を尋ねるとか、そんなスモールトークだ。特に気になる人物でもなかったので(お互い様だろうが)、その後は会話もなくそれぞれが適当に飲んで適当に別れた。たぶん、一日経つと忘れてしまうくらいの出来事だった。
 事実、その通り忘れてしまった。一日も必要としなかったかもしれない。

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 数日後、

 と書いただけで、あなたは「あ、また、その人にあったんだな」って思っただろう。その通り、会った。

 でも、これは、あなたが特別鋭いということではない。また会うという事実がなければ、この文章自体が発生し得ないわけだから、そう思うのが当然である。

 でも、読者に「気づかれてしまう」ということは、「驚き」や「感動」をのレベルをかなり低くしてしまうということなので、せっかくの「奇跡」がかわいそうなので、あえて、このように話の腰を折ったのだ。

 読者諸君、ここは、大人に徹して、気づかないふりをしてみようじゃないか、そう、より大きな感動を深めるために。


 仕切り直し。


 数日後、私は乗り継ぎのために某空港の喫煙所で、搭乗直前の一服を吸っていた。ほぼ、吸い終わり、灰皿で火を消そうと手を伸ばした瞬間、右隣の人も手を伸ばしてきた。Oh !と彼が言った。私も Oh! と言った。目があった。What a coincidence! と学校で習うようなセリフを言った。そうなのだ、数日前にバーで会ったアメリカ人に、妙なところで、また出会ったのだ。

 これを奇跡と言わずして、なんと言おう。
 
 整理しよう。まず、とあるバーで隣に座ったということは、およそ半径1メートルの範囲に二人は偶然いあわせたということである。そして、念のためだが、お互いのスケジュールなどについては一切会話していない。そして、数日後、具体的な距離はよくわからないが、そのとあるバーからタクシー20分、飛行機で4時間の距離離れた場所の半径1メートル以内の場所に、また偶然居合わせたということなのだ。同時刻に。

 自分は文系なので、こういう事実の確率計算ができるかどうかわからないのだが、もし出来たるなら、すごい確率になるんじゃないだろうか、宝くじに当たる確率など屁でもないのではないかと思う…。

 繰り返そう、これを奇跡と呼ばずしてなんと言おう。

って、繰り返しても、

 そう、全然奇跡、っていうか、全然ふつうに大したことないんじゃない?、そう思ったでしょ?

思ったでしょ?

 何か足らないでしょ、この話は。なんだか分かりますか?ストーリーですね、ストーリー。

 これで、あなたの「ストーリー依存度」がわかる。もし、大したことないじゃん、って思ったとしたら、あなたはかなりのストーリー依存体質だということだ。

 隣に座ったのが、耳が聴こえない作曲家だった、とか、割烹着を来た科学者だったとか、なんかそういうの期待してなかっただろうか?

 したでしょ。

 もう、世の中、オリンピックも、高校野球も、音楽も、政治も、もう何でもかんでもストーリー重視だからね。事実より、内容より、ストーリー。

 ちょっと、そういうことに気づいてもらいたくて、書きました。まぁ、ギャグだけど。

 失礼しました。

 あ、でも、偶然会ったのは本当の話。


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 - プチ・シニアの明るいひきこもり生活日記, 消えそうな旅の断片 ,

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