プチ・シニアの明るいひきこもり生活

一番下品な女を殺せないという皮肉 チャップリン「殺人狂時代」

      2016/01/31

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 これも、「ライム・ライト」や「街の灯」に劣らず大傑作。
この邦題がいいかどうかはともかく、原題はシンプルに “Monsieur Verdoux” 、「ヴェルドゥ」は主人公の名前だ。

こんな風なセリフから始まる。

Let me assure you, the career of
a Bluebeard is by no means profitable.
Only a person with undaunted optimism
would embark on such a venture.
Unfortunately, I did.
What follows is history.

 はっきりさせておきたいのだが、「青髭」のやったようなことはまったくもって無益なことだ。恐れをを知らない楽観的な人間だけがそんな所業にはしる。
残念なことに、私はそんなことを始めてしまったのだ。
後に続くすべては、ただの記録でしかない。

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 何人もの女性を騙し、金を奪い、命まで奪ったという、単純に見れば「残虐な殺人者」のセリフにしては、冷静で分析的だ。

 チャップリンは、残虐な殺人者の物語を語りながら、明らかに別の物語を提示しようとしている。

 実際の殺人シーンは一度も直接的に描かれない。事後の平然とした態度に「恐れをを知らない楽観的な人間」の資質が描かれている。

 リディアという妻を殺すシーケンスでは、殺人におよぶ前に廊下の窓から見える景色に感嘆し、詩を口にしてしまうヴェルドゥ。

 「ライム・ライト」の主人公はコメディアンの衣を着た哲学者だったけれど、この「殺人狂時代」の主人公は、殺人者という衣を着た哲学者と言えるかもしれない。

 実は、映画はヴェルドゥが殺人者であることよりも、いかに慈悲深い
優しい人間であるかの方にはるかに重点をおいて描いている。

それは、冒頭のこんなシーンがある。

You’ll be stepped on. Be careful.
There.
気をつけないと、踏まれちゃうぞ。ほら。

 そう言って、足元にいた毛虫を移動させる。何人もの女性を殺した残虐な犯人の話は、こんな風に始まるのだ。

 逆に、皮肉な描写もある。
刑務所からでたばかりの未亡人の女性を助けるシーンだ。最初、ヴェルドゥは彼女を毒薬の事件に利用しようとするのだが、すんでのところで取りやめ、逆にお金を渡す。未亡人は、ヴェルドゥの「親切」に感謝する。そのシーンはこんな会話だ。

He was wounded in the war,
an invalid.
That’s why I loved him.
He needed me, depended on me.
He was like a child.
But he was more than a child to me.
He was a religion. My very breath.
I’d have killed for him.

「戦争で負傷して、弱くなってしまったの。だからこそ、私は彼を愛しているのよ。まるで子供みたいに、私を必要とし、私を頼っている。でも彼は、私にとっては子供以上の存在だわ。宗教みたいなもの。私が生きている証なのよ。
彼のためだったら、人殺しだってするわ。」

 ヴェルドゥがこのセリフを聞いて彼女を実験台にするのをやめたのは、もちろん、彼も足の悪い妻と息子のために「人殺し」をしているからだ。

 私がこの映画で一番面白いなと思ったのは、アナベラという女性とのからみのシーンだ。この女性はとにかく下品だ。他の殺された女性もあまり魅力的ではないけれど、アナベラはとにかく酷い。ヴェルドゥのような豊かな感性の持ち主から、彼女の下品さは許しが痛いものだったろう。
ところが、ヴェルドゥは彼女だけは殺せない。様々な彼女にとっての幸運が邪魔し、最後まで殺すことができない。一番許せないタイプの女性だけがどうしても殺せない。

 これまで真面目に30年以上働いてきた銀行を真っ先にクビになるという「人生の皮肉」が、ここでもまたヴェルドゥを嘆かせるのだ。

 逮捕された後のヴェルドゥは、もう妻と息子を失っているので、文字通り「哲学者」の様相を帯びる。

 あの、あまりにも有名なセリフが語られる。

One murder makes a villain,
millions a hero.
Numbers sanctify, my good fellow.
 一人殺すと犯罪者になるが、百万人にならばヒーローになる
数が殺人を神聖化すのですよ、みなさん

 このセリフはチャップリンのオリジナルではないけれど、それは大した問題ではない。この言葉をいかにもリアルに伝える映画を作ったという点はやはりチャップリンの功績だ。

そして、最後の最後、私が大好きなシーン。

ギロチンに向かう直前に、ラム酒を飲むかと言われて、

No, thank you. Oh, just a moment.
I’ve never tasted rum.
「いいえ、けっこう。いや、待って。そう言えば、ラム酒は一度も飲んだことなかった。

この死の直前に新たな経験をする、っていうのが私はいいなと思う。

 さて、チャップリンだけにもちろん、ギャグは控えめながらところどころに散りばめられている。ただ、「街の灯」「ライム・ライト」「モダン・タイムズ」「殺人狂時代」と見てきた私には、コメディアンっていうよりも「映画作家」っていう印象の方が圧倒的に強いなぁ、正直言って。

おまけで、見ながらメモった名言を。

One never begins to live
until one is past…
What difference does age make?

「人生は一旦終わらない限り、新しく始まることはないんだ。年齢なんでどんな意味がある?」

Life can so easily degenerate
into something sordid and vulgar.

「人生は余りにも簡単に不快で下品なものへと変わってしまう。」

Remember, violence begets violence.

「忘れないで、暴力が暴力を生むんだ」

Despair is a narcotic.
It lulls the mind into indifference.
But that’s giving up life.
We must all give it up sooner or later.

絶望というのは麻薬みたいなものだ。心を無関心へと引きずり込む。でも、それは人生を捨てるっていうことだ。まぁ、我々は遅かれ早かれそうなるんだが。

I am at peace with God.
My conflict is with Man.
私は神とうまく行っているんです。衝突したのは人間ですよ。


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 - いまさら英語の勉強, 遅れてきた映画鑑賞 , ,

 

Comment

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  1. Deep, philosophical, meanigful より:

    Thanks for the latest posting. It’s great food for thought. Reading the quotes made me wonder how I will take stock of my life when faced with an imminent death. Look forward to your articles in the future.
    英語教室 Lingo-Field (仙台)

    • hotbeard より:

      英語のコメントありがとうございます。私はブロークンな人間(英語も人間性も)なので、日本語で返信させていただきます。
      お褒めの言葉、有り難く頂戴いたします。次の記事も近いうちに載せられると思います。気に入ってもらえるかどうかは別ですが。
      他の映画に関する記事も、ほとんどは「引用」しながら書いていますので、お暇があったら読んでいただけると嬉しいです。こちらも気に入っていただけるかはまた別ですが。

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