プチ・シニアの明るいひきこもり生活

「シンプソンズ」で学ぶ人生のヒント 6 ”英会話”

      2015/08/31

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Two languages, and somehow no one will talk to you.
二カ国語話せても、話し相手がいないのか。
( Season 25 Episode 12 )


  スキナー校長がエスペラント語も話せるんだぞ、と自慢した後にグラウンド・キーパー・ウィリーに言われた言葉。

 私も日本語と英語が話せるけれど(英語はいわゆる「用が足せる」程度)、話し相手がいないという点では同じなのでちょっと笑った。まぁ、ひきこもっているせいもあるかなと思うけど。

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 海外旅行から帰ってきた人が「もっと英語を勉強しておけばよかった。」とか「英語が話せるといいよね。」とか言うのをよく聞く。彼らの言いたいところは「言葉のせいで旅行中に困らないですむ」っていうこともあるだろうけど、それ以上に「現地の人とコミュニケーションがとれると楽しそう」なのではないかと思う。

 最近はあまりきかないけれど、ちょっと前には、「英語は読めるけど、話せない」と言う人がいっぱいいた。ちょっと言い訳っぽいニュアンスがあった。確かに私の世代は英語教育は読み書き中心だったし、今みたいに触れようと思えば簡単に英語に触れられる環境ではなかった(テレビの二ヶ国語放送もなかったしね)から、「話せない」のも仕方がなかったと思う。

 で、世の中は「話せないんじゃ、意味がない」とばかりに、「話せる英語」に重点を置いた英語教育が叫ばれるようになった。

 でも、どうなんだろう。

 確かに、私も海外に言った時には、何人かの人たちの話をしたり、一部はその後もメールでやりとりしたりする。その時間は確かに楽しいものだけれど、でも、どっちかといえば「読める」ことの方が自分にとっては有意義だなぁ、と思っていたり。だって、海外旅行に行くのって1年に何日かだし、1年に英語で話す相手なんて何人もいないから、実際のところ

 特に今インターネットが当たり前になるとそう思う。何かについて検索した時、日本語のページの量と英語のページの量では圧倒的に違う。日本語のページで見つからなかった「答え」を英語のページで見つけたなんてことが実際に何度もある。Wikipedeia でも同じ言葉を英語で表示させた時の方がたいてい情報量が圧倒的に多い。

 どっちかといえば、自分のような人間は「英語が読める」方が「英語が話せる」よりも有意義だと思っている。

 逆に、「話せる英語」の方が大事だと思う人が圧倒的に多いっていうほうが、歪んでいるんじゃないかな、とも思う。まさか、CMでガンガン流れる某有名英語教材で描かれているような外国人との楽しそうな会話に憧れをもつ人がそんなにいるなんて思えないのだけれど・・・。

 まぁ、とにかく、英語が話せても、外国人とお友達になれるかは、あなたの人格次第ですよ、っていうのが結論。

 でも、実は、英語が読めるだけでも人生はぐっと豊かになりますよ、というのが本当の結論。






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