プチ・シニアの明るいひきこもり生活

オヤジひとり、ベトナム旅日記(5)

      2015/08/31

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(注:この文章は初めてベトナムに行った2006年の旅の記録です。ベトナムは急速に発展しているので、当時とはかなり大きく違っています。特に、物価等は大幅に変わっていますので、そのあたり考慮の上お読み下さい。)

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 クチ・トンネルのツアーは、ある意味予想通りで、参加しなくてもよかったかなというのが正直な感想だ。ただ、今のホーチミンの街中にはベトナム戦争の記憶はまったくない。ベトナムに来た以上ひとつくらいはその「跡」に触れるのが礼儀かもしれない、という思いもあった。

 バスは、欧米人だけだ。アメリカ人はいない。どこの国かわからないが、スペイン語を話す団体がいる。ガイドはすべて英語で話すが、訛っているので半分くらいしか聞き取れない。しかし、ガイドは熱心だ、誇りを持ってやっている感じが伝わってくる。バスの中ではすべての質問に丁寧に答える。クチ・トンネルでも、暑い中でシャツがびっしょりになるほど汗をかきながら、ガイドをしている。

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 誰かの質問に答えて、「私もベトナム戦争に参加した、ただし銃は持たなかった、言葉という武器で戦っていた、英語ができたからだ」と説明していた。バスを降りるとき、一人一人と握手をしていた。私も、「すばらしいガイドだったよ」と褒めながら握手をした。その褒め言葉は、仕事への誇りと熱心さに対してであり、その内容については、戦争の悲惨さを伝えるというよりは、戦争中いかにベトコンががんばったか、が焦点のような気がして、正直、違和感をおぼえざるをえなかった。

 帰って一休みしてから、チェックアウトする。明朗会計だ。昨日のアオザイの女性が丁寧に応対してくれる。妙に愛想がいいので、今度来るときも、また泊まると言って外にでる。

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 大通りに出て、バイク・タクシーを捜す。最初に声を掛けてきたのが、大丈夫か?と思うくらいのお爺さんだった。駅(ガ・サイゴン)までいくらだと聞くと20,000ドンだという、10,000かなと思ったけど、おじいさんなので交渉して15,000で乗ることにする。バイクにまたがって動き始めたら50メートルくらいで止る。

 何事かと思うと、そこにたむろしていた男の一人が、「この爺さんは、英語できないから、俺が通訳する。どこに行きたいんだ?」と聞く。さっきの交渉はなんだったんだ?と思いながらも、「サイゴン駅」と伝えると、爺さんに確認してから「駅は遠いから20,000だ」という。話が違うと降りようとすると、爺さんはしぶしぶOKと頷いた。とりあえず、行き先は大丈夫なこともわかったので安心したが、バイクの洪水の中、ちゃんと運転できるのかなという新たな心配も生まれてくる。しかし、何事もないようにバイクは進んでゆく。爺さん、やるなぁ。あっという間に駅に着いた。

 20,000渡すと、律儀に財布から釣を出そうとするから、いいよと手でさえぎる。とたんに顔に笑顔がひろがった。たかが40円程度のチップでいうのも気がひけるが、いい笑顔だった。なんといっても、若い者が助けているのもよかったし、爺さんもまじめでだった。ただうるさく声を掛けてくるバイク・タクシーというイメージが、少し変わった。

 駅で数枚写真をとり、売店でミネラル・ウォーターと夜食にとバイン・ミーを買った。フランスパンに具を適当にはさんだベトナム風サンドイッチだ。駅の改札を通るとき、電車の中でビールは買えるのか、聞いた。「買えますよ」と改札の女性は答えたが、「本当に?」と念を押す自分が少し恥ずかしい。しかし、アルコールなしでは夜行電車はきつい。「大丈夫」彼女は答えた。(続く)

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