プチ・シニアの明るいひきこもり生活

オヤジひとり、ベトナム旅日記(6)

      2015/08/31

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(注:この文章は初めてベトナムに行った2006年の旅の記録です。ベトナムは急速に発展しているので、当時とはかなり大きく違っています。特に、物価等は大幅に変わっていますので、そのあたり考慮の上お読み下さい。)

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 駅員らしき男に切符を見せると、目の前の車両だという。中に乗り込むと自分のベッドはすぐ見つかった。まだ時間はある。外に出てタバコを吸う。だいぶ暗くなってきた。
 これまでいろいろな国で何度も寝台列車に乗ったが、カーテンのないベッドは初めてだった。下のベッドだから上から覗かれれば、丸見えだなぁ、と思うが、誰も私の寝姿など見たくないだろう。

 遠い昔を思い出す。小学校4年くらいのときだ。初めて寝台車に乗ったときだ。私のベッドは3段ベッドの1番上だった。寝てる間に落ちてしまうんじゃないかと不安だったが、それ以上に階段を上り下りするたびにカーテンの隙間から見える女性の姿にドキドキして眠れなかった。女性はミニスカートのままで寝ていて、かすかに白い下着が見えていたのだ。

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 そんなことを思っていたら、日本人の女性が入ってきたのでドキリとした。私の荷物の横の文庫本を見て、「日本の方ですね?」と言った。「そうです」と答えている間に、彼女の後ろから体格のよい男性が入ってきた。カップルらしい。彼らの席は上ベッドでの向かい合わせらしい。

 たぶん彼らも同じことを思っただろうが、電車で日本人と一緒になったことは少し残念だった。遠い国でわざわざ、しかも夜行列車で日本の人に出会わなくてもいいではないか。しかし、それも旅か。私の向かいのベッドには、かなり年寄りのおじいさんがやってきた。まったく英語はできないが、何度かベトナム語で話しかけてきた。よくわからないいが、曖昧に頷いておいた。

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 列車は意に反して時間通りに動き始めた。ちょっと驚いた。後で、知り合ったイギリス人に「ベトナムの電車は、イギリスよりも時間に正確だった。」と言ったら苦笑いしていたが・・・。ただ、動き始めるとドアは南京錠でロックされてしまい、勝手には開けられない。のどかで、ある意味いい加減な、アジアの他の鉄道とは違うようだ。乗務員も愛想はよくない。停車駅で降りていても早く戻れと急かされ、写真を撮ろうと少し窓を開けていると、すぐに閉めろと、合図する。これまで、あまり社会主義っぽさを感じなかったが、ビューロクラティック(お役所仕事的)なところは、多々あることがだんだんわかってくることになる。

 動き始めてしばらくした時に、検札にきた乗務員は切符を取り上げ、代わりの座席番号だけ入ったカードをよこした。日本人のカップルと、どういうことですかね、と首をひねってみるが、意味はよくわからない。結局降りる直前に切符を返しに来たので、行き先の書いてある切符を見て、到着前に知らせるためなのかもしれない。

 食事が付くという話を聞いていたが、結局夕食は出なかった。バイン・ミーを買っておいて正解だった。しかも、予想以上においしかった。日本人カップルは、車内販売の弁当らしきものを買い食べていたが、あまりおいしそうではなかった。私は、333(バーバーバー)というビールを2本買った。ちょっと足らない気がするが、もう車内販売は来ないから仕方がない。日本人カップルはアルコールも飲まず寝に入ってしまったようだ。

 私は、持ってきたトルーマン・カポーティの「夜の樹」を読む。ずっと前から読もうと思いながら、読んでいなかった本だ。カポーティが20代に書いた短編集だが、読み始めてすぐ、そのあまりの「かっこよさ」に驚いた。彼が天才だと言われたのがよくわかる。ただ「自分の中に潜む闇への恐怖」というテーマは、一人旅には不向きかもしれない。

 カーテンがないだけに、あまりライトをつけておくのも申し訳ない気がして、まだ早い時間だが寝ることにする。日本人カップルも、隣のおじいさんももう寝てしまったらしい。私は、目をつむり電車の車輪の規則的な音に耳を傾ける。まだ、眠れそうもない。目をつむったまま、考え事をする。一人旅のよいところ、同時にツライところは、考える時間の増えることだ、いや、否応なく考える時間が生まれることだ。眠っているような、考え事をしているような、曖昧な時間が、ゆっくりだが、確実に過ぎていった。(続く)

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